神話の力!
ジョセフ・キャンベルの言葉より
旅をしていると目的地がどんどん遠のいていくように思える。
やがて人は気づくのです。
真の目的は旅そのものだったのだと。
正にこれです。これに気づく瞬間はこの上なく幸福な瞬間です。
オームという音は神の言葉を象徴する神秘的な音です。
オームという素晴らしいものを知ることがことができれば人はもう何かの為に死んだりする必要はなくなります。
オームとは、いわば宇宙の・・・・・宇宙のエネルギーを私たちの耳に伝える音です。
オームはいたるところに存在します。私達は、ただジッと座ってそれを体験すればいいのです。
オームという音はこう発音します。
まずノドの奥から「アー」、次に口をすぼめて「ウー」、そして口を閉じて「ムー」
正しく発音すれば、このオームの中ににすべての母音が存在します。
子音はオームを阻害するだけのものとみなされます。
あらゆる言葉はオームのひとつの表れです。
それはちょうど、あらゆるものが宇宙のエネルギーの表れであるのと同じことです。
ですからオームは象徴的な存在なんです。
オームはひとを脈動する存在、すなわち宇宙に触れさせる音なんです。
チベットの僧たちがオームと唱えているのを聴くと、それが何を意味しているかが解るでしょう。
それはこの世の枠を飛び越えることです。それを感じることは最高の幸福です。
マズローの言う至高経験です。
アー・・・・生まれ
ウー・・・・存在し
ムー・・・・死す。
それがサイクルになっています。
オームはア・ウ・ムの3つの音を含みますが、実は4つの要素で構成されています。
ア・ウ・ム・そして沈黙です。
すべてはその沈黙から生まれそこへ戻るんです。私の命はア・ウ・ムですが、その根底には沈黙があります。
それは私たちが永遠と呼ぶものです。
限りある生命のその根底に不滅のものが存在するんです。
それが何かは言葉では言えない。以心伝心・不立文字!
そうでつ。そうなんでつ。言葉で表すことは枠をはめてしまうことになるうんでつ。言葉による文節化でつ。
でも私たち無力な人間はその不十分な言葉を使うしかないでつ。
言葉には美しい価値がありまつが限界があるのでつ。
最高の瞬間、至高経験というものは言葉を超越した実感なのです。
アー!それだけでつ。
合格したときもアー!それだけでいいんでつ。
ジョーゼフ キャンベル + ビル モイヤーズ 「神話の力」
NHK教育テレビ 1994年2月放送を久しぶりに視聴す。
自分のこれからの使命を考えたとき、我が意を得たりである。
キャンベルの言葉の意味がようやく腑に落ちた。 でつ。
ある程度歳をとり人生を振り返ってみると、そこにはひとつの秩序があるように見える。まるで誰かの手で構成されたかのようだ。
ただ偶然に起きたように見えた出来事も、実は次の展開のために重要な要素だったことがあとになって分かる。この筋書きは一体誰が作ったのだろうか。
夢が自分では意識できない自分自身の何かによって作られるように、人生も全て自分の内なる意思によって作られるのだ。
偶然出会った人々が自分の人生の重要な要素になるとすれば、自分も他人の人生の重要な要素になるはずだ。
全ては一大シンフォニーのように響き合っている。
あらゆるものが他の全てのものに影響を与えているのだ。
我々の人生はどれも同じ一人の人が見る夢のようなものだ。
見えないひとつの意思から生まれている。
それゆえ我々の人生は他の人々の人生とつながりあい、全ては互いにつながりあっているのだ。
ショーペン・ハウエルの60歳のときの言葉として キャンベルが紹介しているものです。
鶴の人生の筋書きは誰が作っているのだろう・・・・
振り返れば大学を選択した時点、ゼミを選択した時点、就職先を決めた時点、その後起業して失敗し、多額の負債を抱えた意味、その後出会った 人との2年間の同棲生活、中国株との出会い、保有株の1つが上場廃止・・・・
ショーペン・ハウエルペンの言う、「偶然に起きたように見えた出来事も、実は次の展開のために重要な要素だったことがあとになって分かる。」ということの意味が今鮮明に腑に落ちてきまつ。
この国の子供たちは、将来、親の世代の残した1000兆円もの借金を少子化の状況で返済していかねばならぬという不条理を生きていかねばなりません。
金融教育で子供達に知的武装をさせることが、今後の
鶴丸亭之使命だと髪から告げられました。
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